<10日目、2000年6月10日> 礼文島・花祭り→音威子府→旭川

礼文島 桃岩荘 フェリー 北海道の旅 2000年

 桃岩荘時間6時半(日本標準時間6時)、大音量の演歌の館内放送で起こされる。干しておいた衣類の取り込みや、荷物の整理をしていると太鼓の音が響き何やら始まりだした。ホステラー(YH利用者)全員とヘルパーで掃除大会をするそうだ。皆ほうきを片手に持ち太鼓や笛の合図で一斉に端から掃き出す。今度はほうきを雑巾に持ち換え床拭きレースが始まる。ここでもヘルパーは太鼓やかけ声で雰囲気を盛り上げる。約30分の掃除大会終了。昨日は早朝から8時間コースに出たため知らなかったが、この行事は毎日行われているようだ。このおかげだろうか、桃岩荘館内はいつも清潔に保たれている。

 礼文島では今日から「花まつり」と「島内マラソン大会」が始まる。皆祭りに行くため早くからYHを出ていく。自分もバックパックを置きチェックアウトを済ませ最小限の荷物を持って祭りに向かう。このYHの決まりで、必ずフェリーターミナルまで徒歩で戻らなければならない。荷物だけはフェリー乗船前にミニバン(スリーナイン号、バイオニック・からくさ・ジェミー号)で持ってきてくれる仕組みだ。

「桃岩荘ユースホステル」を後にする
ミニバン、「バイオニック・からくさ・ジェミー号」
ミニバン、「スリーナイン号」

 花まつりはフェリーターミナル付近で開催されている。移動途中で「桃岩タイムトンネル」を通る。置いてきた「知性、教養、羞恥心」をしっかりと持ち帰る。

 足の筋肉痛や節々の痛みをこらえながら祭りの開催場に到着。祭りは始まったばかりで地元住民や観光客らでにぎわっている。観光客目当ての祭りなので全て無料で飲み食いできる。礼文島らしくメニューは「昆布茶」、「ウニ雑炊」、「ホッケのチャンチャン焼き(ホッケの上に味噌と刻みネギを乗せたもの)」と、とても無料とは思えない豪華なものだ。またビール、ジュースも無料で配っており久しぶりにアルコールを口にすることが出来た。飲み食いの他にもイベントはあり、子供は「カレイすくい大会」、大人は「ビール早飲み大会」が行われていた。

噂の「桃岩タイムトンネル」
フェリーターミナルに向かう林道にも高山植物が咲いていた
「花まつり」町はにぎわう
ここにも取材クルーは来ていた
「ウニ雑炊」 大粒のウニが入っている
「ホッケのチャンチャン焼き」
子供は「カレイのつかみ取り」ではしゃいでいる

 今日は13時5分のフェリーで礼文島を発つ。皆祭りで忙しく、送迎してくれる人はあまりいないと思っていたが、思いとはうらはらにヘルパーはもちろん、祭りに来ていたホステラーがほぼ全員が見送りに集まってくれた。桃岩荘YHの団結力は強い。YHに宿泊したフェリー乗船者4人に対し、見送り約30人。フェリーに乗り後部甲板に立ち岸壁を見ると、皆既に見送る体勢に入っている。ヘルパーが別れの挨拶をし桃岩荘別れの儀式が始まる。例の歌と踊りで見送られながら船は出航した。「また帰ってこいよ」の言葉に手を振り応える。港を出て人が小さくなっても、手を振り続けた。多分見送っている皆もまだ手を振っているだろう。史上最強のユースホテルでの3日間は終わった。

ヘルパーはもとより、ホステラーの皆が見送ってくれた
歌い、踊り、また戻ってくることを約束する

 気持ちを切り替え次の目的地に移動する。次は道東方面の旅だ。

 今日中に旭川に戻り一泊し美幌、網走方向に向かう詳細な計画を立てる計画だ。15時稚内港到着。近くのJRまで歩き駅のホームで約2時間時間をつぶす。17時14分稚内を出発。19時41分JR音威子府(おといねっぷ)到着。ここでは約1時間の停車時間があるので再び昔父と同じ職場だったおじさん夫妻の家を訪れた。予め用意してあった礼文島のお土産と花まつりで配られていた高山植物を渡し帰る予定だったが、ビールとつまみをご馳走になってしまった。発車時間が近づきお礼を言い足早に駅に舞い戻る。

 今日の宿泊は先ほどのおじさんの息子さんの家だ。前回旭川でキャンプをした同じ町にアパートがあるらしい。自分が小学生だった当時に一緒に遊んだ記憶がある。今は北海道林産試験場で働いているという。

 23時6分旭川到着。この時間ではさすがに列車もバスも無くタクシーで移動する。ここでちょっとしたアクシデントがあった。行き先を「神楽岡14条4丁目のコンビニエンスストア前」と告げたはずだが、タクシードライバーが聞き間違えたらしく「豊岡14条4丁目のコンビニエンスストア前」で降ろされてしまった。降りた当初は神楽岡だと思い込んでいるので必死になって息子さんのアパートを探すがどうしても見つからずコンビニエンスストア店員に聞きで神楽岡ではないことを知る。話によると豊岡と神楽岡は駅をはさんでまったく正反対の方向だと言う。時間も遅く通る車もまばらだ。国道に出てとっておきのヒッチハイクをする。数台の車は通りすぎ夜の静けさのなか一人になる。数十分待っていると運良くタクシーが通りかかった。予定外の出費だが道端で寝るわけにも行かず乗り込む。今度は「神楽岡」とはっきり伝え疲れた体をシートにうずめ到着を待った。

 数十分後少し遅くなったが無事おじさんの息子さんに再会でき、今夜も無事宿を確保できた。

コメント

タイトルとURLをコピーしました